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まりちゃん その1
2008/9/5 12:17
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さて、私のことではありませんが是非聞いていただきたい娘がいます。と言っても今年51歳です。
まりちゃんと言います。脳性麻痺として生まれましたが、天性の明るさと、誠心誠意が彼女を50歳にして人生に大きな花を咲かせました。人生は捨てたものではありません。
今は日本のまりちゃんになっています。このことを誰よりも一番喜んでいるのが私です。私が印刷業を営んでいた当時、彼女は26歳の時から17年間勤めてくれました。
彼女には言語障害があり、うれしくなったり、気分がハイになると声が高音になります。手も右手はどうにか握ることができますが、左手は握れません。
でもこの彼女を私は厳しくしごきました。できないと言うな、こうしたらどうか、ああしたらと考えて、努力して、頑張りなさいと。
彼女は、毎日今日で止めよう、今日で止めようと思って過ごしたそうです。当時彼女は写植といって印画紙の入ったかまに文字を拾って印字し、最後に現像して、やっと現れた文字となります。そんな仕事を写植オペレーターといいます。
現像されるまではイメージだけで、かまの外側にただここに打ったという印の点が付くのみの結構大変な仕事でした。(もう今時写植などという機器は存在していないと思います)暗室でかまという遮光された中に印画紙の頭をバネで止め、指紋が付かないようにたぐり印画紙の下を止める器具で止めなければなりません。
どう考えても彼女にできる操作ではありませんでしたが、こうして、こうしてと見せながら説明して最初は私がして、入れ替えるときは私がしてあげるからと言いました。
確かに何回かは私が入れ替えてあげていました。そのうち自分でするようになり、びっくりした私は一緒に暗室に入り、することを見ていました。
バネを押さえられない彼女はバネの代わりにセロテープで固定し、印画紙をたぐって下もセロテープで止めました。だからその分、印字の位置もずらせてと、ちゃんと彼女流にやっていました。エライ!! 拍手。でした。
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